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ジョン・セバスチャン&ハリー・ホソノ photo by Audrey Kimura

フリッツ・リッチモンド
  トリビュート・プログラム
ジョン・セバスチャン
@ Rock Garden photo by Yoshi
ヴァレリー・カーター(1977年)
ヴァレリー・カーター(2001年)
photo by Yoshi
ジョン・セバスチャン&ザ・Jバンド
/チェイシン・ガス・ゴースト
バッファロー BUF-131
ラヴィン・スプーンフル/魔法を信じるかい?
BMGジャパン BVCM-37384
ラヴィン・スプーンフル/デイドリーム
BMGジャパン BVCM-37385
ジョン・セバスチャン/リアル・ライヴ
VIVID RATCD4232
ジョン・セバスチャン/フォー・オブ・アス
VIVID RATCD4233
ジョン・セバスチャン/ターザナ・キッド
VIVID RATCD4234
細野晴臣/泰安洋行
日本クラウン CRCP28136
ヴァレリー・カーター/愛はすぐそばに
ソニーエンタテイメント MHCP768
ヴァレリー・カーター/ワイルド・チャイルド
ソニーエンタテイメント MHCP769
ヴァレリー・カーター/ファインド・ア・リバー
ポニーキャニオン PCCY01310
ヴァレリー・カーター/ザ・ウェイ・イット・イズ
ポニーキャニオン PCCY00888


 私の連載コラム『マジカル・コネクション』#7でも触れたフリッツ・リッチモンドのトリビュート・コンサート『ジャグ・バンド・狂想曲』が4月2日に渋谷DUO MUSIC EXCHANGEにて行なわれた。このスペシャルなイヴェントに参加するために来日したのが、我らのジョン・セバスチャン。なんと29年ぶりとなる来日だ。実は、1988年9月にジョン・セバスチャンと当時、デビューしたばかりのピーター・ケイス、ヴィクトリア・ウィリアムスらとのコンサート・ツアー『魔法を信じるかい?』を企画したのだが、直前になって、突然、ジョン・セバスチャンの声が出なくなったため、来日が不可能になったことがある。この時は、ジョンの友人でもあるピーター・ゴールウェイが代役としての来日を快諾してくれ、結果、ピーター・ケイス、ヴィクトリア・ウィリアムスらと素晴らしい内容のコンサートになったのだが。

 そんな経緯もあり、まさに待望の来日となったわけである。当初、ジョンは、ジェフ・マルダーやジム・クエスキンらのステージにセッション参加、ハーモニカやギターをプレイする程度だろうと思っていたのだが、来日した翌日に彼のホテルの部屋に行くと、ハーモニカ以外にギター2本にバンジョーも持参しており、やる気満々。この時点で演奏する曲は決まっていなかったので、細野さんと電話で打ち合わせをしてもらい、一緒に「デイドリーム」をやることになった。ジョン初来日時に細野さんの『泰安洋行』、『トロピカル・ダンディ』のLPをプレゼントしたのだが、それ以来、彼は大の細野ファンになり、「日本には、ホソノというすごいアーティストがいる!」と、ウッドストック中のミュージシャンに聴かせてまわったほど。ある時、ベアズヴィル・レコードが『泰安洋行』をアメリカ発売したいと言ってきたことがあったが、これは、アルバート・グロスマンがジョンを始め、ジェフ&マリア、ボビー・チャールズ、リヴォン・ヘルム、エリック・クラプトン、ビル・ワイマンら熱狂的な細野ファンたちの話を聞きつけたからにほかならない。しかし、残念ながら米発売は実現しなかった。

 そう言えば、「29年前の晴海では、細野さんの「ポンポン蒸気」をやったよね?「シー・クルーズ」みたいな曲」と言うと、よく憶えていて、「うん。「ディキシー・チキン」もやらなかったかい?」とジョン。う〜ん?やったような気もするが、 私、よく憶えていない。「『泰安洋行』の曲なら、全曲できるよ。「ルーチュー・ガンボ」、「チャウ・チャウ・ドッグ」エトセトラ...ホソノにそう伝えてくれ」とも言っていたが、まあリハーサル時間あまりないし....次回のお楽しみということで。

 さて、コンサート当日。私は、ロビーでプログラム配りをしていたので出遅れてしまい、開演後、会場に入った時は、お客さんで満杯....通常、椅子席で300人キャパのところ、立ち見で約800人という大盛況。最後列で背伸びをしてやっとジョンの腰から上が見えるというカンジ。熱烈なファンの歓声の中、ジョンは、アメリカで行なっているライヴ同様、ユーモア溢れるトークを織り交ぜながらのステージを披露。ガス・キャノンズ・ジャグ・ストンパーズの「プリズン・ウォール・ブルーズ」のフレーズを爪弾いた後、同曲を下敷に書いた「ヤンガー・ガール」をゆっくりと歌い出す。これには、感激だ。早くも涙腺が弛んでくる。続いては、マーサ&ザ・ヴァンデラスの「ヒート・ウェイヴ」のリフを弾き、デビュー・ヒット「魔法を信じるかい?」を歌い、その元ネタを明かす。まわりのお客さんがうれしそうに一緒に口ずさんでいる。ここで、ジョンが30年前にある日本人アーティストの音楽に出会い、衝撃を受けたことを熱く語った後、「今夜、日本の友人が来てくれたんだ。ハリー・ホソノ!」と紹介すると、会場がどよめいた。多くのお客さんは、細野さんの出演を予期していなかったようだ。ここでも種明かし。シュプリームスの一連のヒット曲「愛はどこへ行ったの」〜「ベイビー・ラヴ」のビートに影響され、作った「デイドリーム」。ステージには、細野さん(ベース)、さらにジェフ・マルダー(ウォッシュボード)、ジム・クエスキン(ギター)が並び、「デイドリーム」の演奏が始まると、大喝采。この4人が一緒のステージで演奏している光景を観ることができるなんて!文字通り白昼夢を見ているようだ。やはり高音域は苦しそうだったが、それでも私は「ジョン、あなたは最高だよ!」と心の中で叫んでいた。温かい声援を送っていたお客さんにも感謝したい気持ち。ジョンは、自分のステージ以外にもジェフやジムのステージに登場、ギター、バンジョー、ハーモニカでセッション参加、大活躍。中でもその夜のハイライトとなったのが、ジェフ(ヴォーカル/ギター)、ジム(ギター)、細野(マリンバ)とのボビー・チャールズの名曲「スモール・タウン・トーク」。ここでのジョンの美しいハープ・プレイには、うっとり。いつまでも終わらないでほしいと願ったもの。至福の時というのは、こんなことを言うんだな。

 ジョンは、ライヴ終了の翌日から奥さんのキャサリンと京都へ旅行。ふたりは、29年前の4月、楽しみにしていた京都行きを諸事情で諦めたという経緯があったことから、今回は来日前から入念に計画を立て、私もガイド兼荷物持ちということで、同行した。この時の『THE FOUR OF US』ならぬ『THE THREE OF US』の珍道中については、いつか機会があったら書こうと思う。ジョンは、日本でのファンの熱烈な声援、温かい歓迎に感激、近い将来、単独での来日公演をぜひ実現させたいと言っていたので、期待して待っていてほしい。


 さて、4月初旬。ヴァレリー・カーターが名古屋、大阪のブルーノートで単独公演を行なったのだが、東京公演がなかったため、殆ど、知られないままに終わってしまったようだ。私も彼女から連絡をもらわなければ、知らずにいただろう。そんなわけで、急遽、京都から名古屋へ向かい、4日の名古屋ブルーノート公演を観た。今回、彼女のバックを務めたのは、マイケル・ヴィセグリア(ベース)、ジョン・マーチ(ギター)、ダニエル・ワイス(ピアノ、ハモンド、ギター、ヴォーカル)の3人でドラムレスというシンプルな編成。バンマスでもあるマイケルは、スザンヌ・ヴェガのツアーやレコーディングで、ベースを弾いているヴェテランで、ニューヨークの音楽シーンでは、知らない者がいないほどの実力派。ピーター・ゴールウェイやラリー・ジョン・マクナリー、ジェシ・ハリスらとも長い交流のあるミュージシャンだ。ライヴは、新旧織りまぜたレパートリーで、ファンには馴染み深いものばかり。一部、二部共、同じ曲目だったのは、来日前に十分なリハーサル時間が取れなかったせいもあったのだろう。ファースト・アルバムからは、「ウー・チャイルド」を歌ったが、これがよかった。キュート&セクシーな歌声は健在だ。1996年のサード『THE WAY IT IS』からの選曲が多く、ジャクソン・ブラウン、ローウェル・ジョージとヴァレリーの共作「ラヴズ・ニーズ・ア・ハート」やヴァン・モリソンの「イントゥ・ザ・ミスティック」、トム・スノウ作の「ホエン・ザ・ブルーズ・カム・トゥ・コール」などを披露。そのほか、リトル・フィートの「セイリン・シューズ」、来るべきニュー・アルバム用の新曲「グッド・ガイズ」を歌ったが、ヴァレリーの親友ジュード・ジョンストンが書いた後者は、胸にしみる素晴らしい作品だった。後で、「ジュード・ジョンストンは、女性版ジミー・ウェッブだね」と私が言うと、ヴァレリーは、「そう思うでしょ。彼女、素晴らしい才能の持ち主なの。彼女と私は一心同体という感じ」とうれしそう。アンコールは、珍しいヴァレリーのピアノ弾き語りによる「バック・トゥ・ブルー・サム・モア」。たどたどしいピアノは、ご愛嬌だが、心のこもった歌が胸を打つ。

 1994年、青山のマンダラで行なわれたパイド・パイパー・ハウス閉店5周年イヴェント『魔法を信じる会』では歌ってくれた「ダ・ドゥ・ランデヴー」や「フェイス・オブ・アパラチア」を今回、歌わなかったのは、期待していただけにちょっと残念。告知期間が短かったとはいえ、お客さんが少なかったのもさびしかった。本人も言っていたが、次回、来日するときは、東京でもぜひやってほしいものだ。
 ヴァレリーの公式ウェブサイト(http://www.valeriecarter.com/touring_news.html)で、ブルーノートでのステージ写真など、日本滞在時の写真公開中。 Musical Collage(Quicktime)をクリックしてください。




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