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| 長門: |
はちみつぱいには、どんな経緯で加入することになったんですか。 |
| 和田: |
ひょんなことから岡林信康の『俺らいちぬけた』というアルバムでフォーク・ギターを演奏することになったんですけど、そのときに共演したのが鈴木慶一くんだったんです。
話してみたら、とにかく音楽の趣味が合うので、すぐに意気投合して。そうしたら、“今度、中津川フォークジャンボリーに出るから観にこいよ”という話になったんですね。
そこで、はちみつぱいは、あがた森魚や斉藤哲夫のバックを務めながら、サブ・ステージでバンドのオリジナル曲も演奏していたんです。最初は3人でフォーク・ギターを持って、下手なクロスビー・スティルス&ナッシュみたいなことをやっていたんだけど、最後に全員エレキ・ギターに持ち替えて、「こうもりの飛ぶ頃」を演奏したんです。それがブッ飛ぶくらい格好よくて、すぐにメンバーにしてくれってお願いしたんですよ。
でも当時、僕はギターを弾いていたから、“これ以上、ギター奏者はいらない”って言われてしまって(笑)。
それで東京に帰って、すぐヤマハに行って中古でフェンダーのプレシジョン・ベースを買って、べーシストとして無理矢理、はちみつぱいに入ったんです。 |
| 除川: |
今、改めて聴くと、はちみつぱいってベースがバンド・アンサンブルの要になっていますよね。 |
| 和田: |
当時はそんなこと、まったく思っていなかったです。だって最初はベースの弾き方からして解らなかったし(笑)。
だからリック・ダンコのベースを死ぬほど聴きました。あとは細野さんにチャック・レイニーを教えてもらったり。
チャック・レイニーを聴くようになると当然、モータウンのジェームズ・ジェマーソンを意識して聴くようになるし、そうやってベースの何たるかを徐々に知っていった感じですね。 |
| 長門: |
でも当時のはちみつぱいは本当に格好よかったなあ。ステージでの佇まいが絵になってた。
演奏にもほかのどのバンドにもない独特のノリがあって。 |
| 和田: |
メンバーみんなザ・バンドやグレイトフル・デッドが好きだったんですけど、いかんせん技術が伴わない(笑)。それで結果的に、ああいうなんとも異様なサウンドになったんでしょうね。
今聴くと格好いいなと思うんだけど、当時の僕らは単にああいう演奏しかできなかったんです。 |
| 長門: |
和田さんはファッション・センスも際立っていましたよね。
ステージで黒いビロードの帽子をかぶっていたり。 |
| 和田: |
あれはリック・ダンコの真似(笑)。技術が伴わないから、せめて格好ぐらい気を使おうと思って。
ザ・バンドの2ndアルバムにリック・ダンコがジャズ・ベースを弾いている写真が載ってるんですけど、それを見て、僕はプレシジョンからジャズベに買い換えたぐらいだから。
もう、単純ったらありゃしない(笑)。 |
| 長門: |
(笑)。今回リリースされた、はちみつばいの未発表ライヴ音源を収録した9枚組ボックス『THE FINAL TAPES はちみつぱいLIVE BOX
1972-1974』は、慶一くんと一緒に和田さんも選曲に携わっているんですよね。 |
| 和田: |
そうなんですよ。“ベラマッチャ”(和田氏の愛称)はレコード制作の経験もあるから適任じゃないか”と、みんなに言われて(笑)。
作業が終わるまで2年かかりましたよ(笑)。
最初は3〜4枚組で出すつもりだったんだけど、探し始めたら、いろんな音源が出てきて。 |
| 長門: |
改めて昔の音源を聴きなおして、バンドとして良かった時期はいつぐらいだと思いましたか? |
| 和田: |
演奏がまとまっていたのはシュガー・ベイブの1stコンサートや池袋でやったホーボーズ・コンサートですかね。
解散コンサートも良かったんですけど、コマコ(駒沢裕城)がいないんですよ。やっぱり、あのペダル・スティールが聴こえないと、いささか寂しいですよね。
それにしても、当時はびっくりしましたけどね。いきなりコマコが失踪しちゃうんだから(笑)。 |
| 長門: |
行方不明になる前日まで、僕、彼と一緒にいましたよ(笑)。 |
| 和田: |
勝手に離島に行っちゃって。帰ってきてから、“いない間に解散するとは思わなかった”って。
半年いなきゃ解散するよ(笑)。 |
| 長門: |
(笑)。ちなみに、もう、はちみつぱい関連の新しい音源は出てこないですよね。 |
| 和田: |
出てきても、もう発表しません(笑)。
慶一くんとも“これで最後にしようね”って言っているので(笑)。だから、こういうタイトルになっているんですよ。
9枚組で、通常だと価格を2万円ぐらいにしないと採算が取れないらしいんですけど、それを発売元のディスクユニオンさんに頼み込んで、なんとか1万2千円まで値段を抑えてもらって。
すごく貴重な音源がたくさん入っているので、一人でも多くの人に聴いてもらいたいですね。 |
| 長門: |
ファン必携ですね。
ところで、ずっと疑問に思っていたんですけど、“ベラマッチャ”という和田さんの愛称は誰が付けたんですか? |
| 和田: |
細野さんです。正しくは後藤次利なんですけど。
毎年、狭山の米軍ハウスで細野さんと小坂忠さんの合同誕生日をやっていたんだけど、ある年、後藤がベロベロに酔っぱらったことがあって、『天才バカボン』に出てくるウナギイヌの真似をやりはじめたんですよ(笑)。細野さんは赤塚不二夫が大好きだから。
それで、赤塚漫画(「レッツラゴン」)に“ベラマッチャ”っていうダメ犬みたいなキャラが出てくるんですけど、突然、後藤が僕の方を指差して“ベラマッチャがいた!”とか言ってきて(笑)。細野さんは、それを見てゲラゲラ笑ってて。
それ以来、細野さんが僕のことを“ベラマッチャ”って呼ぶようになって、みんなも真似するようになったんです。あれは後藤の責任なんですよ(笑)。 |
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