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| 長門: |
イノトモさんってどんな経緯で、音楽をやってきているの? |
| イノトモ: |
東京に出てくるきっかけとして、音響さんに憧れて専門学校に入ったんですよ。それまではドラムを叩いていたりしていて、高校時代はヤードバーズとかクリームとか結構ブリティッシュ・ロックが好きでラフィン・ノーズのカヴァー・バンドもやりましたし(笑)。小さい時にピアノと合唱を習っていたのも下地になっているのかも知れません。上京してからは、水森亜土さんが看板女優の未来劇場っていう劇団に、音響効果として入ったんです。そこで歌に目覚めたんですよ。実は、この中野駅の近くで、「ライヴ・イン中野」という、小さな野外イベントステージがあって、私の友達が出ることになってたんですね。その頃フェアグラウンド・アトラクションを聴いていて、こういうの歌ってみたいなってその友達に言ったら、それなら僕等の出番のおまけで出してあげるよって。もうフェアグラウンドの「ハレルヤ」をすごく練習して歌いました。新緑の季節だったかな、自分の歌声が空に響いていく瞬間に泣きそうになるくらい感動してしまって。そこからですね、もしかしたら歌なのかも知れないって思い始めたのは。そしたら、未来劇場のレヴュー・ショーにも出させてもらえるようになって、その時演奏してくれたジャズ・ミュージシャンの人たちから今度は「君、ジャズ・クラブで歌ってごらんよ」って誘われて、銀座や上野のクラブで歌うことになったんです。 |
| 長門: |
なんか映画みたいな話だね(笑)。でもレパートリーはなかったんでしょ? |
| イノトモ: |
ジャズ歌手でもある亜土さんからいろいろ教えてもらいました。「最初は3ステージ2曲ずつだから、6曲憶えればいい」って言われて、その6曲を一生懸命憶えて行ったんです。この辺りからオリジナルを作り始めるんですけど、最初に5曲入りのデモ・テープを作って周りに配っていると、すぐにバンドが出来て、ライヴも始めるんですね。たぶんその流れの中で除川さんにも会って、クラウンの中根さんを紹介してもらってトントン拍子に(笑)。 |
| 長門: |
自然発生的に曲も出来て、仲間もお客さんも自然に集まってきたと。そういう感じが全部、イノトモさんの作品には表れているよね。ところで2枚目の『風の庭』をプロデュースした惣ちゃんは、中根君が連れてきたのかな? |
| イノトモ: |
惣一朗さんは田辺マモルさんのプロデュースをしていた時期があって、その時にコーラスで呼んでくれたんです。ファースト・アルバムの『グレイプフルウツ』を聴いてくれて、それからの付き合いになるんですけど。 |
| 長門: |
惣ちゃんとも「イノトモは日本のジュディ・シルだよね」とかって話していたの、あの頃。そうそう、『りんごの子守唄』の「ジュリア」も良かったよ。 |
| イノトモ: |
あれはお話いただく前からプライベートで自分でデモを作ってたんですよね。大好きな曲だったから。だから惣一朗さんに「ジュリア」でって言われたら、もう得意です!既にありますけどって(笑)。 |
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Apple Of Her Eyes〜
りんごの子守唄(赤盤) |
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