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| 長門: |
その後、村田君はALMOND ROCCA(アーモンド・ロッカ)というバンドを結成することになるんだけど、僕はALMOND ROCCAのライヴも何度か観ているんだよ。たとえば、ほら(といって、当時、ALMOND
ROCCAが’77年に出場した『EAST WEST』コンテストのフライヤーを取り出す)。 |
| 村田: |
すごい! よくこんなものが出てきましたね(笑)。 |
| 長門: |
ちょうどこの頃、僕がマネージャーをやっていた細野さんが『EAST WEST』の審査員をやっていたんだよ。そんなわけで、本選前に観る機会もあったんだ。ALMOND ROCCAは他の出場バンドに比べてポップなサウンドだったから、すごく印象に残っているんだ。 |
| 村田: |
懐かしいですね。ALMOND ROCCAは僕が大学に入学してから結成したバンドなんですよ。 |
| 長門: |
それ以前にバンド活動は? |
| 村田: |
本格的に活動したのは、ALMOND ROCCAが最初です。学園祭に出るために即席でバンドを作ったりしたことはあったんですけど。 |
| 長門: |
バンド・メンバーはどうやって集めたの? |
| 村田: |
大学に入学してから、すぐ軽音サークルに入ったんですが、音楽的な趣味が合わなくて(笑)。それでサークルを辞めて、自分のクラスで音楽やっていそうな奴に、オリジナル曲のデモ・テープを聞かせたんです。そうしたら“一緒にやってみよう”って話になって、そこから急にメンバーが集まって、バンド結成に至るという流れです。 |
| 長門: |
ALMOND ROCCAでデビューする話はなかったの? |
| 村田: |
そういう話もあったんですけど、“ポップな方向で行きたい”っていう村田の考えと、“サザン・ロックっぽいハードな方向で行きたい”っていうメンバーの考えが、活動を続けていくなかで、だんだんズレてきてしまったんですよ。それで、僕がソロとして活動するようになったんです。たしか80年代初頭のことですね。 |
| 長門: |
のちに村田君のアルバムでプロデュースを手掛ける山下達郎くんとも、この頃、出会ったのかな? |
| 村田: |
いえ、達郎さんとは、’77年頃に実は一度お会いしているんですよ。ロビー和田さんというプロデュサーに紹介してもらって、デモ・テープをお渡ししているんです。 |
| 長門: |
次に山下くんと再会したのは? |
| 村田: |
’82年に村田がソロ・デビューするときです。当時、あるディレクターの方に誘われて、AIRレーベルに遊びに行ったときに偶然、再会したんです。それで“5年前ぐらいに、一度、お会いしたことがあるんですよ”って話したら、達郎さんも当時お渡ししたデモ・テープのことを覚えていて。 |
| 長門: |
そうだったんだ。 |
| 村田: |
ええ。それで、1stソロ・アルバムを制作してる最中に、ディレクターのところに達郎さんから“「電話しても」って曲はレコーディングしないの?”って連絡が入ったらしいんですよ(笑)。実は、ディレクターに渡したデモ・テープには「電話しても」が入っていなかったんですね。5年以上も前の古い曲だし、せっかくソロ・デビューするんだったら最新の曲で勝負したいと思っていたから。そうしたら今度はディレクターから“僕に何か隠してることあるでしょ?”って電話がかかってきて(笑)。それで、デビュー・シングルとして「電話しても」をレコーディングすることになったんです。 |
| 長門: |
なるほど、そういう経緯があったんだ。ところで2ndソロ・アルバムは山下くんのプロデュースだよね? 一緒にやってみて、どうだった? |
| 村田: |
当時は分からないことばかりだったんで、達郎さんがやっていることを見ながら音楽作りのノウハウを必死に勉強しました。アレンジやコーラスなど、複雑なジグソーパズルを組み立てていくような達郎さんの作業を間近で見ることで、すごくいろんなことを学ぶことができましたね。僕がデビューする前に、達郎さんは『FOR
YOU』のレコーディングをしていたんですけど、僕はあのアルバムのレコーディングを、最初のリズム録りからトラックダウンまで、ずっと見ているんじゃないかな。とにかく達郎さんのスタジオに、ずっと入り浸っていましたから(笑)。ときにはアレンジに煮詰まった達郎さんに、“君は見ているだけだけど、何かアイデアはないの?”とか言われて(笑)、“いやいや、言えと言われたら、いくらでも言いますけど”(笑)って感じで、僕が、いくつかアイデアを出すようなこともあったり(笑)。 |
| 長門: |
その後、山下くんのツアーにコーラスで参加しているよね。 |
| 村田: |
あれは達郎さんからの指名じゃなくて、村田が押し掛けたんです(笑)。デビュー・アルバムが’82年の6月に発表されて、その後、プロモーションやライヴをやったんですけど、8月が終わる頃には、スケジュールが真っ白になってしまったんですよ(笑)。それで来年の夏まで何もやることないじゃないかっていうことで、当時のスタッフが達郎さんに頼み込んでコーラスとしてツアーに参加させてもらうことになったんです。当時、達郎さんは女性コーラスしか使っていなかったんですけど、渋々、受け入れてもらって。 |
| 長門: |
村田君以降は男性コーラスも使うようになったよね。 |
| 村田: |
そうですね。僕が’87年ぐらいまでやったあと、佐藤竹善君もやってますね。 |
| 長門: |
山下くんのツアーに参加してみてどうだった? |
| 村田: |
とにかくシゴかれました(笑)。達郎さんって、普段はすごく優しいんですけど、音楽のことになると体育会系になっちゃうんですよ。曲が進んでいるのに、“村田! 今、どこ歌ってた!?”って、急に演奏を止めちゃったり(笑)。少しのミスも聞き逃さないんですよ。村田のミスで演奏が何度も止まっちゃうから、周りのメンバーに申し訳なくて。 |
| 長門: |
しかも山下くんの曲では、コーラスが重要な役割を果たしているし。 |
| 村田: |
達郎さんの曲はとにかく難しいんです(笑)。半音ずつ上下していくコーラスなんて、テイク・シックスじゃないんだから(笑)。でも、達郎さんのステージで鍛えられた結果、どんなコーラスも楽勝になりました(笑)。そういう意味でも達郎さんには、本当にお世話になっていますね。 |
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